虚空蔵尊 南光院の歴史

文永3年(1266)伊勢国(三重県)伊勢神宮鬼門除けの寺「朝熊山金剛証寺」で虚空蔵求聞持法の修行を満願した「海泉行者」が、秘仏分身を笈に背負い遥々出羽国に入り、瑞雲たなびく黒森山(標高573m)を聖地と定め本尊を安置、文永5年(1268)には本殿が建立された。
後に黒森山を改め、虚空蔵山と称され近郊庶民の信仰を集めた。当時は金峯修験を中心とする里山衆徒といわれる修験者の活動が活発に行われていた。
金峯山は第38代天智天皇の10年(671)修験道開祖、役の行者(小角)の開基、醍醐天皇の昌泰2年(899)陽勝尊者が順峯修行を開いたとされている。
虚空蔵山も順峯修行の二の宿として活動し、重要な位置を役を担うことになりました。
南光院は、黒森山の別当をつとめてきました。

奥の院「虚空蔵堂」

虚空蔵山山頂(標高573m)

文永5年(1268)伊勢の朝熊山の分身「虚空蔵菩薩」を祀り建立された。
以後何回か再建、修理を重ね現在のお堂は明治23年(1890)に再建された。
近年では、平成17年(2005)屋根土台などの大改修が行われ、平成18年に開山740年と落慶法要が行われた。
また、令和1年(2019)6月18日の山形県沖地震の被害を受け宝珠が屋根から落下し、令和2年5月3日たくさんのボランティアの協力で新しい黄金に輝く宝珠が揚げられた。

信者さんとたくさんのボランティアのお陰で、金色に輝く宝珠が屋根の上に上がりました。
2019.6.18の山形県沖地震により宝珠が落下の被害を受けました。
奥の院は、標高573mの虚空蔵山山頂にあるため、資材・足場パイプ・タラップなど人力で行う大変な難工事でした。
栗本技建様はじめ、たくさんのご支援を頂きました皆様に心から感謝申し上げます。

修験者が禊ぎをとった「行い滝」不動の滝。

虚空蔵山登山口の鳥居(標高250m)近く